情報整理
採用の前提領域:HR戦略

採用戦略の策定:経営と人事を接続する

最終更新: 2026.06.19 目安時間: 12分

この記事の結論(30秒で要点)

採用戦略とは、経営戦略の実現に必要な人材を「量」と「質」で定義し、それを採用の打ち手へ翻訳する設計図です。「人が足りないから採る」という対処療法では、コストだけが膨らみ事業は前進しません。経済産業省『人材版伊藤レポート2.0』(2022年5月)は、人的資本経営の核として「経営戦略と人材戦略の連動」を第一に掲げています。本記事は、採用戦略を前提→現状→原因→解決策の4ステップで設計し、組織フェーズ(10・30・50・100・300名の壁)ごとに論点がどう変わるかを解説します。

採用戦略とは何か?

採用戦略とは、経営・事業戦略を実現するために「どのような人材が、いつ、何名必要か」を定義し、それを採用の打ち手(チャネル・選考・定着)へ落とし込む計画です。単なる採用数合わせではありません。経営戦略から必要な人材ポートフォリオを描き、現状とのギャップを埋める手段として採用を位置づける——この接続が採用戦略の本質です。

用語補足:人材ポートフォリオとは、組織が保有・必要とする人材を職種・スキル・役割などの軸で分類し、構成(量と質)を可視化したものです。事業計画を「人」の言葉に翻訳した地図にあたります。

この考え方は公的にも裏づけられています。経済産業省『人材版伊藤レポート2.0』(令和4年5月公表)は、人的資本経営の核として「経営戦略と人材戦略の連動」を第一に掲げ、5つの共通要素の一つに『動的な人材ポートフォリオ』を位置づけました。採用は人材戦略の一機能であり、経営戦略から切り離して単独で最適化するものではありません。要件を具体的な条件へ落とす工程は 採用要件の定義 で扱います。

なぜ対処療法的な採用は失敗するのか?

「人が足りないから採る」という発注起点の採用は、必要人数も要件も経営戦略から検証されないまま走り出すため、ミスマッチとコスト増を再生産するからです。欠員を埋めるたびに採用するが、なぜその人数・その要件なのかが事業戦略に紐づいていない。これが対処療法の構造的な問題です。

採用1人あたり実費の目安(ハードコスト)約4,700ドル
ソフトコスト込みの総コスト年収の1.5〜3倍
2030年までに埋まらない可能性のある職(世界)8,500万人超

米国人材マネジメント協会(SHRM)の解説(2025年10月)によれば、新規採用1人あたりの実費(ハードコスト)は約4,700ドル、採用にかかる時間・育成・立ち上がり遅延などのソフトコストを含めた総コストは年収の1.5〜3倍に達しうるとされます。さらに、SHRMが引用するKorn Ferryの推計(2018年)では、世界的な人材不足により2030年までに金融・テクノロジー・製造業を中心に8,500万人超の職が埋まらない可能性が示されています。採用(外部からの調達)だけに依存できないマクロ前提があるからこそ、安易な発注ではなく戦略設計が要るわけです。

用語補足:ハードコストは媒体費・エージェント手数料など直接の支出、ソフトコストは採用担当・面接官の工数や立ち上がりまでの生産性ロスなど見えにくい費用を指します。

対処療法のもう一つの弊害は、人事と現場・経営の分断です。doda(パーソルキャリア)の解説では、採用計画立案の前提は自社の事業戦略・経営計画を把握し「どのような人材が、どの部署に何名必要か」を明確化することにあり、経営層・現場と直接認識を擦り合わせることが分断を越える要件だとされます。発注を受けて埋めるだけの採用は、この擦り合わせを省略するため、入口で期待値がずれます。

経営戦略はどう採用戦略へ翻訳するのか?

経営戦略は、人材ポートフォリオを介して採用戦略へ翻訳します。経営目標から必要人材を量・質で定義し、現状との差を埋める手段の一つとして採用を選ぶ、という順序です。採用は「Build/Buy/Borrow/Bot」という人材確保のレバーの一つにすぎません。

用語補足:戦略的ワークフォースプランニング(SWP)とは、長期の事業戦略を職種ファミリー(job family=類似の役割の束)単位の具体的な人材要件へ翻訳する規律あるプロセスです。Bain & Company は、年次の人員数予算(headcount budgeting)と異なり、すべての人材判断を長期戦略に接続する点が本質だとしています(単年度ではなく中長期のビジョンから逆算する)。

必要人材を確保する手段は採用だけではありません。SHRM(2025年10月)は4つのレバーを整理しています。

レバー 内容 適する局面
Build(育成) 社内のリスキル・育成で必要スキルを内製する 最もコスト効率が高く定着にも有利。基盤スキル
Buy(採用) 外部から正社員を採用する 社内で育てられない専門職・即戦力
Borrow(外部活用) 契約・業務委託人材を活用する スキル要件が急速に変化する局面
Bot(自動化) システム・自動化で業務を代替する 定型・反復業務

※ SHRM はリスクを分散する考え方として 60/30/10 程度の配分例を示している。配分は事業特性により調整する。

採用コストの構造(1人あたり総コスト年収1.5〜3倍)は、この選択に直結します。SHRM は、このコスト構造こそ「安易な Buy(採用)より Build(育成)を優先せよ」という予算判断の根拠になると述べています。「採るか・育てるか・借りるか・自動化するか」を比べたうえで採用を選ぶ——この比較を飛ばすのが対処療法です。

もう一つ重要なのが「動的」であることです。みずほリサーチ&テクノロジーズは、経営戦略・事業ポートフォリオは刻一刻と変化するため、それに連動して動的に人材ポートフォリオを運用することが不可欠であり、一度作って固定する静的な人材計画では不十分だと指摘します。採用戦略も、事業の変化に合わせて見直し続ける前提で設計します。

採用戦略を設計する4ステップ(前提→現状→原因→解決策)とは?

採用戦略は、①前提・外部基準の統一→②現状の定量化→③原因(戦略・仕組み)の設計→④解決策(戦術)の実装、という問題解決の順序で設計します。この順序は、要員計画の標準プロセス(戦略策定→現状分析→需要予測→ギャップ分析→実行計画→モニタリング、Workday)とも整合します。いきなり戦術(媒体選び)から入るのではなく、前提と現状の合意から始めます。

Step 1:前提と外部基準をそろえる

社内で「採用成功」「優秀な人材」の定義を一つに統一します。定義が人によって違えば、以降のすべての判断がぶれます。

  • 「採用成功」「優秀な人材」を、入社後の活躍(結果基準)と期間まで含めて社内で定義する(採用基準=結果基準×期間)
  • 求人を出す現場部署との理想的な関係(誰が何を決め、どう協働するか)を合意する
  • 外部ベンチマークを取る:他社の採用単価、ポジション別の市場適正年収を把握し、自社の前提を相対化する

Step 2:現状を定量化する(As is の可視化)

まず現状(As is)を数字で見える状態にします。データ環境が整っていなければ、課題の特定も目標設定もできません。

  • データ環境を整える:給与・残業・機会損失・採用単価が見える状態をつくる
  • 採用プロセスの数値を測る:採用単価・採用期間・応募数・辞退率・母集団の量と質
  • それらを他社比較で定量化し、目標(To be)とのギャップを評価する

Step 3:原因(戦略・仕組み)を設計する

ギャップを生む構造に手を入れます。施策は時間軸で分け、増員の根拠を経営戦略へ接続します。

  • 採用戦略を即時/短期/長期の施策に区分する
  • 増員計画の根拠を定める(何で従業員数を測るか)。マクロ的算定法(事業計画から逆算するトップダウン)とミクロ的算定法(現場業務量から積み上げるボトムアップ)を組み合わせる
  • 採用難易度×配属×活躍期間をポジション別に想定する
  • 採用予算が経営戦略を反映しているかを検証する
  • 要件を定義する:採用ペルソナを描き、不要な必須要件を排除する

Step 4:解決策(戦術)を実装し回す

ここで初めて具体的な打ち手に入ります。設計した原因仮説に沿って、戦術をPDCAで回します。

  • チャネル(媒体/エージェント/リファラル/潜在層)を選び、PDCAで歩留まりを改善する
  • 選考のボトルネックを特定する(どの段階で辞退・不通過が起きているか)
  • アトラクト(候補者体験)を設計し、辞退を減らす
  • 定着・オンボーディングまで設計し、採用を「入社後の活躍」まで接続する

このステップを支えるのが、As is–To be ギャップの定量把握です。『人材版伊藤レポート2.0』は、人材ポートフォリオの目指す姿を検討する際、必要人材像を具体的に定義し『○年以内に△△人生み出す』のように期間と人数の目標を設定し、進捗を定期検証することを求めています。経産省の調査でも『As is–To beギャップの定量把握』が人材ポートフォリオ運用の進捗と特に強い正の相関を示しており、ギャップの定量化が運用の前提条件であることが裏づけられています。チャネルごとのKPI設計は 採用ファネルのKPI設計 へ、Step 4 の選考精度は 構造化面接 へ続きます。

組織フェーズで論点はどう変わるのか?

採用戦略の論点は、組織規模の「壁」ごとに質的に変わります。同じ採用でも、10名・30名・50名・100名・300名では解くべき問題が違うからです。SmartHR Mag. の整理によれば、30人の壁では文鎮型組織からルール・仕組み経営への脱皮、50人の壁ではミドルマネジメント層の強化、100人の壁では各分野の専門責任者の配置が課題になります。採用ターゲットも段階的に変化します。

フェーズ 主な論点 採用・要員計画の重心
〜10名(創業期) 不足工数を埋めるのではなく、非連続な成長を生む人材が要る 少数の中核人材。Build より Buy 中心、創業者との価値観適合
〜30名(30人の壁) 文鎮型(全員横並び)からルール・仕組み経営へ。属人化・権限委譲が課題 意思決定を担える人材、最初の仕組み化人材の採用
〜50名(50人の壁) 事業部制・多重化で経営と現場の心理的距離が拡大 ミドルマネジメント層の強化(採用・育成)が最重要
〜100名(100人の壁) 日常オペレーションが経営判断を圧迫する 各分野の専門責任者(営業・技術等のプロ)を配置し経営者を専念させる
〜300名(300人の壁) 調整・統制の複雑化。動的なポートフォリオ運用の常設化 機能別の人材戦略を制度として運用。採用・配置・育成の標準化

※ 各フェーズの課題は SmartHR Mag.『30人・50人・100人の壁』の整理に基づく。人数は目安で、業種・組織構造により前後する。

この「段階ごとに危機が変わる」構造は、組織論でも示されています。Greiner 成長モデル(Larry E. Greiner, 1972)は、組織が成長段階ごとに「進化」と、それを破壊する「危機(革命)」を交互に経験するとし、創造性→指揮→権限委譲→調整→協働の5段階を示しました。創業期の創造性フェーズは起業家主導ですが、規模拡大に伴い非公式なコミュニケーションでは効率を保てなくなり「リーダーシップの危機」が生じ、経営の仕組み化が必要になります。さらに『ある成長段階でうまく機能したやり方が、次の段階では新たな危機を引き起こす』——権限委譲フェーズで各拠点の自律性が高まりすぎると「統制の危機」を招く、というのが同モデルの示唆です。採用戦略は、いま自社がどの壁の手前にいるかで、求める人材像そのものを切り替える必要があります。

まとめ:採用戦略は「翻訳」と「順序」で決まる

採用戦略の核心は、「人が足りないから採る」という対処療法を、事業戦略起点の設計に変えることです。経営戦略を人材ポートフォリオへ翻訳し、Build/Buy/Borrow/Bot のうち採用を選ぶ理由を持ち、前提→現状→原因→解決策の順で設計する。そして組織フェーズの壁ごとに求める人材を切り替える。この「翻訳」と「順序」が、採用の費用対効果と定着を左右します。As is を定量化し、To be との差を『○年以内に△△人』まで数値化するところから始められます。要件の具体化は 採用要件の定義、歩留まりの設計は 採用ファネルのKPI設計 へ続きます。

よくある質問(FAQ)

採用戦略とは何ですか?

採用戦略とは、経営・事業戦略の実現に必要な人材を「量」と「質」で定義し、それを採用の打ち手へ翻訳する設計図です。単なる採用数合わせではなく、経営戦略から人材ポートフォリオを描き、現状とのギャップを埋める手段として採用を位置づける接続そのものを指します。

採用計画と採用戦略はどう違いますか?

採用戦略は「なぜ・どんな人材を・どの手段で確保するか」を経営戦略から導く方針、採用計画はそれを「いつ・どの部署に・何名」へ具体化した実行計画です。doda は計画立案の前提として事業戦略の把握と「どの部署に何名必要か」の明確化を挙げており、戦略が計画の上位にあります。

なぜ「人が足りないから採る」だけでは失敗するのですか?

必要人数も要件も経営戦略から検証されず、ミスマッチとコスト増を再生産するからです。採用総コストは年収の1.5〜3倍に達しうる(SHRM, 2025)一方、世界では2030年までに8,500万人超の職が埋まらない可能性があり、採用だけに依存できないマクロ前提があります。

Build/Buy/Borrow/Bot とは何ですか?

人材を確保する4つのレバーです。Build は社内育成(最もコスト効率が高い)、Buy は外部採用(専門職に必要)、Borrow は契約・業務委託(スキル要件が急変する局面)、Bot は自動化を指します(SHRM, 2025)。採用はこのうちの一つで、4者を比較してから選ぶのが戦略です。

必要な採用人数はどう算定しますか?

事業計画から逆算するマクロ的算定法(トップダウン)と、現場の業務量から積み上げるミクロ的算定法(ボトムアップ)を組み合わせます(doda・マネーフォワード)。両者を突き合わせることで、感覚ではなく根拠を持った採用目標を設定できます。

組織規模で採用戦略はどう変わりますか?

壁ごとに論点が質的に変わります。30人の壁では仕組み化人材、50人の壁ではミドルマネジメント層の強化、100人の壁では各分野の専門責任者の配置が重心になります(SmartHR Mag.)。前段階で機能したやり方が次段階の危機を生む(Greiner モデル)ため、求める人材像を切り替えます。

「動的な人材ポートフォリオ」とは何を意味しますか?

経営戦略・事業ポートフォリオの変化に連動して、人材構成を見直し続ける運用を指します(みずほリサーチ&テクノロジーズ)。一度作って固定する静的な計画では事業変化に追従できず、『人材版伊藤レポート2.0』も As is–To be ギャップの適時把握と定期検証を求めています。

まずは、無料相談で採用戦略を整理する

30分のオンラインセッションで、貴社の採用が「経営戦略に紐づいて設計されているか」を構造的に診断します。現状(As is)の定量化、人材ポートフォリオの描き方、組織フェーズに応じた採用ターゲットの切り替えまで、具体的に整理します。

※ 営業目的ではありません。現状の課題整理が目的です。
※ 相談後の契約についてはお断りいただいても全く問題ありません。

出典:経済産業省『人材版伊藤レポート2.0』(令和4年5月公表・報告書 令和4年3月)/ 経済産業省『人的資本経営に関する調査 集計結果』(令和4年5月)/ Bain & Company “What is Strategic Workforce Planning?” / SHRM “Workforce Planning Made Easy: Build, Borrow, Buy Talent”(2025年10月)/ Korn Ferry “Future of Work: The Global Talent Crunch”(2018/SHRMが引用する人材不足推計の一次出典)/ Workday『要員計画とは?ワークフォースプランニングの基礎から実践まで』/ doda(パーソルキャリア)『採用計画とは?正しい立て方』・マネーフォワード『人員計画を策定するには?』/ コーナー(corner inc.)『ワークフォース・プランニング』/ SmartHR Mag.『30人・50人・100人の壁』/ Greiner, L.E.(1972)成長モデル(FourWeekMBA/Mindtools/Toolshero/Lucidity の解説を参照)/ みずほリサーチ&テクノロジーズ『人的資本経営における動的な人材ポートフォリオ策定・運用の実務』。最終更新:2026.06.19。